恵梨奈が帰宅したのを確認した後、結梨も二階へ上がった。恵梨奈の部屋の壁にもたれかかって腰を下ろし、大きく深呼吸をした。
「恵梨奈」とドア越しに呼ぼうとしてすぐにやめた。これは独り言なのだ。声を掛ける必要などない。
「今から……」
語り出しで少々照れ臭くなり、結梨は言葉を詰まらせた。しかしここまできてやめるのも嫌だった。
「今から十九年前、二十六歳の時に、お母さんはお父さんと出会ったの。恵梨奈には話したことなかったかな?」
ドアの向こう側から返事はないが、結梨は構わず続けた。
「お父さんが勤めている会社でお母さんも経理の仕事をしていたのよ。お父さんは中途採用だったんだけど、余所の会社から引き抜かれて来たやり手だって、皆に噂されて、すごく期待されていたわ」
結梨の頭の中で、当時のことが鮮明に蘇っていた。自分と同じ歳であるにも関わらず、背筋をピンと伸ばし、張りのある声で話す義伸の姿は随分と立派に見えた。実際、仕事もよくできた。営業として入社した義伸は次々に契約を取り、あっという間に社内でもトップに程近い成績を上げた。
「かっこいいなって、女の子たち皆でキャアキャア騒いでいたなあ。お母さんもその一人だった。でも好きとかそういうのはなかったのよ。本当に。始めは挨拶程度だったのが、プライベイトの話をしたり、一緒に出掛けたりするようになって、いつの間にか付き合うようになっていた。恋愛ってさ、そういうなりゆき任せなところがあるのよね」